【本コラムは、2026年2月6日の「社史・経営者伝 札幌展」でご講演いただいた、九州情報大学 中小企業経営研究センター 客員研究員の佐藤俊恵先生にご執筆いただき、全12回で特別連載します。
いよいよ最終章となる【第3章:実践と未来への継承(第8回~第12回)】では、これまでの歴史を振り返る視点から一歩進み、社史をこれからの経営の羅針盤としてどう機能させるか、具体的な活用術に迫ります。
<コラム本文>
【特別連載】社史は企業資産~未来のパーパスを創る歴史の読み解き方~《第9回》
第8回では、社史には7つの効用があり、自社の歩みを未来へ活かす手がかりとなることを確認しました。
では、社史を「企業資産」として活かすためには、どのような視点が必要なのでしょうか。
その一つが、社史づくりの過程に注目することです。
社史は、完成した冊子やデータだけに価値があるのではありません。
自社の歩みを振り返り、関係者の記憶をたどり、過去の出来事に改めて意味を見出していく過程そのものが、組織内外に新たな対話を生み出します。
このような働きを、ここでは「田起こし効果」と呼ぶことにします。
■組織を活性化させるコミュニケーションツール──社史づくりがもたらす化学反応
社史づくりは、組織の内部に思わぬ化学反応をもたらします。たとえば、⼊社数年の若⼿社員が社史づくりに関わることになったとします。⾃社の歴史を十分に知らない若⼿社員は、「あの時、何があったのですか?」「この出来事は、なぜ起きたのですか」と古参のベテラン社員やOB、⻑年の取引先に話を聞きに行くことになります。
その過程で、普段は接点の少ない人たちの間に対話が生まれます。世代の違う社員同士が話をする。部署を越えて当時の出来事を確認する。社外の取引先や地域の関係者に、過去の協力や支援の経緯を尋ねる。そうしたやり取りを通して、社史づくりは社内外の関係性を改めて結び直す機会になります。
「あの時は大変だった」「ああそうだ、ずっと⼀緒にやってきたよね」「あの取引先に支えられたから乗り越えられた」。こうした言葉は、年表や沿革だけでは残りにくいものです。しかし、関係者の声を聞くことによって、出来事の背後にある思いや判断が掘り起こされていきます。
これは、⽥んぼの⼟を掘り起こして空気を⼊れる「⽥起こし」に似ています。固くなった土を耕すことで、新しい芽が育つ準備が整うように、社史づくりは、組織の中に埋もれていた記憶や関係性を掘り起こす作業でもあるのです。つまり、社史づくりは組織を活性化させる、いわば最強のコミュニケーションツールなのです。
■対話を通して、パーパスが顕在化する
この対話を通して、これまで⾔語化されていなかった⾃社の「パーパス(存在意義)」が顕在化してきます。企業には、明文化されていなくても、長く大切にされてきた価値観や判断基準があります。それは、日々の仕事の中では当たり前のものとして扱われ、言葉にされないまま受け継がれていることも少なくありません。
しかし、社史づくりの過程で過去の出来事を振り返ると、「なぜその判断をしたのか」「なぜその人たちに支えられたのか」「なぜこの事業を続けてきたのか」という問いが生まれます。その問いを重ねることで、自社が何を大切にしてきたのか、どのような価値を守ろうとしてきたのかが少しずつ明らかになります。
変化の激しい現代において、危機が訪れてから「⾃社の強みや⽬的は何か」と考え始めても、すぐに答えを出すことはできません。日頃から自社の歩みを振り返り、パーパスを共有していれば、困難な局面でも、自社らしい判断を下すための基軸を持つことができます。
社史づくりは、単なる記録作業ではなく、組織を耕し、対話を生み出し、言語化されていなかったパーパスを顕在化させる作業でもあります。第10回では、長く続く企業を支える「心柱」としてのパーパスについて考えていきます。
(第10回へ続く) 2026/7/8更新予定