本コラムは、2026年2月6日の「社史・経営者伝 札幌展」でご講演いただいた、九州情報大学 中小企業経営研究センター 客員研究員の佐藤俊恵先生にご執筆いただき、全12回で特別連載します。
今回からスタートする【第2章:心を動かす事例―北海道光生舎の軌跡(第5回~第7回)】では、具体的な企業事例として「社会福祉法人 北海道光生舎」の歩みに光を当てます。一人の「志」がいかにして組織の「目的」となり、社会における「存在意義」へと確立されていったのか、そのプロセスを紐解きます。
【特別連載】社史は企業資産~未来のパーパスを創る歴史の読み解き方~《第6回》
前回は、創業前期において、創業者の髙江氏の「志」がどのように形成されたのかを見てきました。第6回では、北海道光生舎が「赤平クリーニング工場」として操業を開始した創業期を取り上げます。
1956年9月、20⼈の障害者とともに始めた事業は、決して平坦な道のりではありませんでした。それでも、なぜ事業を始めることができたのでしょうか。髙江氏の「志」として形成されたパーパスが、ステークホルダーとの関係構築を通じて、組織の「目的」へと明確化していく過程を見ていきましょう。
■制度も資金もない時代──ゼロからの資金繰りに奔走
髙江氏は、事業選定に1年をかけ、分業ができるクリーニング業こそ障害者にとって適業だと考えました。しかし、創業資⾦はありませんでした。
「⾝体障害者雇⽤促進法」(現「障害者雇用促進法」)が制定される4年も前のことです。制度も整っておらず、社会の理解も十分とはいえない時代でした。
それでも髙江氏は、創業資金を確保するために奔走します。その過程で、髙江氏の志に共感する人々が現れます。炭鉱の組合長らが保証人となり、北海道労働金庫からの融資によって資金を調達することができました。こうした支援が創業を後押ししました。
■事業継続への道を開いた社会福祉法人格の取得
創業後も、資金繰りの課題は続きました。労働金庫からの借り入れにも限界があり、事業を続けるためには、安定した資金調達の道を開く必要がありました。そのために不可欠だったのが、社会福祉法⼈格の取得です。
この局面で力を尽くしたのが、髙江氏の「企業授産」に理解を示した北海道庁の職員でした。
道庁職員らの尽力により、北海道光生舎は異例のスピードで社会福祉法⼈格を取得します。これにより市中銀行との取引が可能となり、事業の継続と発展への道が開かれていきました。
創業前期に「志」として形成されたパーパスは、創業期に入ると、クリーニング業という具体的かつ実践的な「目的」へと変化しました。目的が明確になったことで、多様なステークホルダーとの関わり合い(エンゲージメント)が広がり、事業は次第に軌道に乗っていきます。実践的な形で「企業授産」が機能し始めたこの段階が、パーパス形成段階の「目的」です。
(第7回へ続く) 2026/6/17更新予定
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[参考文献]
髙江常男(1968)『企業授産論』北海道⾝体障害者福祉綜合センター
髙江常男(2003)『無常忍道』北海道光⽣舎
北海道光⽣舎(1975)『激⽃─企業授産の旗を掲げて20年』社会福祉法⼈北海道光⽣舎