6 OSINNOVATION 作るかどうかを準備会議で議論 創業 40 年を迎える同社は小樽から群馬へ本 社を移転し、社名も変更していましたが、唯 一、自社の歴史を著わしていたのが小樽時代に 発行した『小樽製作所 25 年誌』でした。 「40 年史を発行してはどうか…」という気運 が高まる中、25 年誌に携わった社員がほとんど いないため、25 年誌の制作を行ったアイワード に一度相談してみるということで、声掛けがあ りました。 早速、群馬本社と小樽工場の関係者、そして 25 年史を担当したアイワードのスタッフが加 わって編集予備会議が開かれました。 同社は、北海製罐株式会社の缶製造設備を担 う子会社、小樽製作所として昭和 49 年に設立 されました。創業 25 年以降は北海製罐グルー プ以外から仕事を確保していく事を最大のテー マとし関東地区へ進出しました。親会社であっ た北海製罐の持株会社化によりホッカンホール ディングス株式会社体制の一事業会社として オーエスマシナリー株式会社が誕生しました。 つまり子会社としての 25 年と独立会社として 社業を再構築・発展させてきた 15 年の足跡が あります。 編集準備会議では「土台と歩みが異なる会社 の歴史を一つにまとめるより、この 15 年間に 光をあてた記念誌の方が良いのではないか」、 「グループ内の営業に特化してきた当社が突 然、関東で新規顧客開拓を始めたのだから、そ の苦労話や納入した産業機器を紹介できない か」、「やったことのないことへチャレンジし続 けてきたのだからプロジェクト X みたいなも の」などの意見が出されました。 その後、アイワードスタッフからは、編集準 備会議の内容を整理した 40 年誌のテーマと目 記念誌作成ものがたり-1 最高の“ものづくり”を貫いてきた 苦闘の歴史を開発物語であらわす OS SPIRIT オーエスマシナリー株式会社 創立 40 周年記念誌 発行:オーエスマシナリー株式会社様 A4 変型判、本文 142 ページ、PUR 製本、ケース付き 2000 年をスタートにして行ったイノベーションの数々を「ミレニアム年からのチャレンジ」と冠した物語で 展開しました。本社移転の決断と実行や、不可能を可能にした技術開発と努力の結果を紹介しています。 7 OSMARKETING 次案、制作スケジュール、費用概算が提出され 社内決裁にかけられました。 こんな記念誌をつくりたい 企画書には、次のような発行テーマが記され ていました。 ・ 25 周年の時に記念誌を編んでから 15 年。こ の 15 年は激動と変革の時期であった。当社 の歩むべき道を探り会社一丸となって突き進 んできた。だから「今」を迎えることができ た。 ・ この 15 年の歩みを社史にありがちな記録集 にせず「どんな人間がどんなことを考え、取 り組んできたかが伝わる」記念誌にする。 ・ 40周年は終着駅ではなく通過点である。40 周年記念誌というよりは 50 周年、100 周年に 向けた記念出版を目指す。 こうして創立 40 周年記念誌の編集業務がス タートしました。アイワードは「取材・執 筆」、「撮影」、「編集・デザイン」、「制作」のス タッフを組織し、全て書き下ろしで出版する体 制を整えました。 アイワードの仕上がりイメージは「一話完結 型の開発物語」であり編集キーワードは営業技 術本部長の言葉を基底とすることにしました。 「“自社の特徴はなにか…”と深く考え到達し たポイントは、缶や飲料の容器・充填の分野で 高速・精密な生産設備を生み出す技術があるこ とです。これを異分野の大手企業の困りごとを 解決する技術にして実現させてきた格闘の 15 年が新生オーエスマシナリーの歴史です。」 こうして 9 つの熱い物語が詰まった記念誌が 完成しました。本書巻頭には、「挑戦の日々を 送ってきた全ての OS マンのために」という文 字が光り輝いています。 装幀は、オーエスマシナリーの全てを表 現することに努めました。ケース、カ バーとも主材料であるメタルをイメージ した用紙を使うとともに、取り扱い材料 の幅の広さを訴究するためにコーヒード リップ製造機のドリップペーパーをイ メージした用紙を巻頭トビラにし、点滴 袋の充填機で使用される透明の化学素材 を巻末トビラに用いています。 〈巻末トビラ〉 透明の化学素材にコーポレートカラーで印刷 ドリップペーパーをイメージした紙にコーヒー色の印刷 〈巻頭トビラ〉 50 年に向けた布石をテーマにした「OSMARKETING」の章では、新規顧客開拓の逸話や国際的な製品の 開発に関わった事柄と新たな会社として KE・OS マシナリーを設立した内容を収録し、最後に 50 周年へ向 けた社長インタビューで締めくくりました。